お四国さん前の京都「弘法まいり」
2012年04月08日
昔から、四国遍路って日本中の人たちにとても親しまれてたんだね
先日、新聞で京都の「弘法まいり」復活の記事が載ってました。

http://www.kyoto-np.co.jp/sightseeing/article/20120403000112
「三弘法まいり」復興 空海ゆかり東寺・仁和寺・神光院
真言宗の開祖、弘法大師空海ゆかりの東寺(京都市南区)、仁和寺(右京区)、神光院(北区)の3カ寺が3日、かつて四国八十八カ所霊場へ旅立つ前に参拝したと伝わる「京都三弘法まいり」を復興させると発表した。記念法要を東寺で営み、朱印帳や木札を新調して授与を始めた。
三弘法まいりは江戸中期に始まったとされる。東寺で菅笠(すげがさ)、仁和寺で金剛杖(づえ)、神光院で納札箱を調えて四国霊場へ出発し、巡礼後にお礼参りする習慣があった。初詣でもにぎわったと伝わる。明治時代以降に衰退し、今ではほとんど見られなくなったという。
霊場巡りの新設や復興が相次ぐ中、3カ寺は、空海の教えに触れて心豊かに暮らしてもらおうと、昨年から復興準備を進めた。伝承に合わせて菅笠と金剛杖、納札箱を描いた木札(各200円)を新たに作った。各寺院で求めた木札を「満願証」(100円)とセットにして専用ケースに入れられる。
法要の後、会見した東寺の森泰長執事長は「三弘法は霊場巡りの本家という思いがある。3カ寺を参拝した後、四国へ行くという本来の姿に戻れば有意義だ」と話した。
知らなかった!!京都で、四国遍路に出る準備をしていたんだね。
現在の人気スポットじゃないですか
それほど、四国巡礼の旅に出ることを大切に感じていてくれてたんだ、と思うと
とても嬉しくなりました。
以前、ある札所の住職さんが
「お遍路さんは、自分探しや癒しを求めるような薄っぺらな旅ではない!」
と言っていたのを思い出しました。
住職は、
「誰にもしんどい事があって、心が折れそうになるだろうけど、
自分だけがそうではないんだ、自分だけが癒されようと思うのでは、
いつまでたっても心が本当に癒されることはない」と言われました。
本当にそうだと思います。
遍路の歴史を知れば、本来の日本人と遍路がどんな関わりだったのか分かります。
それは日本人の本質、暮らしそのものでもあります。
お遍路は現実逃避ではなく、
現実そのものを確認する旅だと思います。
昔も物見遊山の楽しみの部分もあったでしょうが、
制限の多かった昔の限られた暮らしの中で、世の中を見る僅かな機会であって、
人々はいろんなことを吸収しながら廻ったのだと思います。
まず京都でお参りし、心の準備を十分して、
四国に渡ってきてくれた人たちの事を思うと、
四国に生まれ暮らす私も、背筋の伸びる気持ちになります。
京都ー四国。
なんだかステキな響きです。
四国も京都の気持ちのバトンを受け取らなければ、と思いました

先日、新聞で京都の「弘法まいり」復活の記事が載ってました。

http://www.kyoto-np.co.jp/sightseeing/article/20120403000112
「三弘法まいり」復興 空海ゆかり東寺・仁和寺・神光院
真言宗の開祖、弘法大師空海ゆかりの東寺(京都市南区)、仁和寺(右京区)、神光院(北区)の3カ寺が3日、かつて四国八十八カ所霊場へ旅立つ前に参拝したと伝わる「京都三弘法まいり」を復興させると発表した。記念法要を東寺で営み、朱印帳や木札を新調して授与を始めた。
三弘法まいりは江戸中期に始まったとされる。東寺で菅笠(すげがさ)、仁和寺で金剛杖(づえ)、神光院で納札箱を調えて四国霊場へ出発し、巡礼後にお礼参りする習慣があった。初詣でもにぎわったと伝わる。明治時代以降に衰退し、今ではほとんど見られなくなったという。
霊場巡りの新設や復興が相次ぐ中、3カ寺は、空海の教えに触れて心豊かに暮らしてもらおうと、昨年から復興準備を進めた。伝承に合わせて菅笠と金剛杖、納札箱を描いた木札(各200円)を新たに作った。各寺院で求めた木札を「満願証」(100円)とセットにして専用ケースに入れられる。
法要の後、会見した東寺の森泰長執事長は「三弘法は霊場巡りの本家という思いがある。3カ寺を参拝した後、四国へ行くという本来の姿に戻れば有意義だ」と話した。
知らなかった!!京都で、四国遍路に出る準備をしていたんだね。
現在の人気スポットじゃないですか

それほど、四国巡礼の旅に出ることを大切に感じていてくれてたんだ、と思うと
とても嬉しくなりました。
以前、ある札所の住職さんが
「お遍路さんは、自分探しや癒しを求めるような薄っぺらな旅ではない!」
と言っていたのを思い出しました。
住職は、
「誰にもしんどい事があって、心が折れそうになるだろうけど、
自分だけがそうではないんだ、自分だけが癒されようと思うのでは、
いつまでたっても心が本当に癒されることはない」と言われました。
本当にそうだと思います。
遍路の歴史を知れば、本来の日本人と遍路がどんな関わりだったのか分かります。
それは日本人の本質、暮らしそのものでもあります。
お遍路は現実逃避ではなく、
現実そのものを確認する旅だと思います。
昔も物見遊山の楽しみの部分もあったでしょうが、
制限の多かった昔の限られた暮らしの中で、世の中を見る僅かな機会であって、
人々はいろんなことを吸収しながら廻ったのだと思います。
まず京都でお参りし、心の準備を十分して、
四国に渡ってきてくれた人たちの事を思うと、
四国に生まれ暮らす私も、背筋の伸びる気持ちになります。
京都ー四国。
なんだかステキな響きです。
四国も京都の気持ちのバトンを受け取らなければ、と思いました

Posted by 0-た at 20:39│Comments(2)
│日記
この記事へのコメント
はじめまして♪
最近ちょっと思い悩むことあり記事に感銘を受けました♪
>お遍路は現実逃避ではなく、
現実そのものを確認する旅だと思います。
そうなのですよね、ハ!と気づきをうけました。
ありがとうございます。
最近ちょっと思い悩むことあり記事に感銘を受けました♪
>お遍路は現実逃避ではなく、
現実そのものを確認する旅だと思います。
そうなのですよね、ハ!と気づきをうけました。
ありがとうございます。
Posted by セルプロ459
at 2012年04月09日 11:05

セルプロ459様
こちらこそ始めまして!!
コメントありがとうございます、とても嬉しいです(*^。^*)。
最近身近でなくなったけど、お坊さんの言葉は胸に響きますよぉ。
この後、こんな話も聞きました(別のお坊さん)。
「僧侶の修行より、日々の皆さんの生活の方がよほど厳しい修行です」
悩みや苦しみがあって当然ですね、修行だもん(^_-)-☆。
修行のあとには必ず成長があるそうですよ、
お互いにがんばりましょう(^O^)。
また来てね!!
こちらこそ始めまして!!
コメントありがとうございます、とても嬉しいです(*^。^*)。
最近身近でなくなったけど、お坊さんの言葉は胸に響きますよぉ。
この後、こんな話も聞きました(別のお坊さん)。
「僧侶の修行より、日々の皆さんの生活の方がよほど厳しい修行です」
悩みや苦しみがあって当然ですね、修行だもん(^_-)-☆。
修行のあとには必ず成長があるそうですよ、
お互いにがんばりましょう(^O^)。
また来てね!!
Posted by 0-た
at 2012年04月09日 13:45
