自治会の役員選出と老後
2010年11月22日
先日、自治会の班会議がありました。
数年前にこの地に引っ越してきてほとんど総会にも顔を出さず、
決められた行事や作業などは、一応こなす、
程度の自治会員でありました。
ゴメンナサイ(>_<)。
今までどうしていたのか全然知らない(知ろうとも思わなかった)自治会の役員。
今回初めて(いつから?)自治会の役員を選出する方法を決める会がありました(@_@;)。
班毎に一名決め、その人が自治会の役員になるらしい。
公平さを最優先させる、ということで「くじ引き」で決めることになりました。
一度役員になれば一生なることはない、という訳だ。
今朝、ニュースを見ていたら、
一人暮らしのお年寄りをどう見守るか、という話題がありました。
東京の話ですが、
蕎麦屋の出前や牛乳配達、お弁当の宅配などの人が
お年寄りの様子を見守るサービスをするんだそうです。
でも、それだけでは不十分だし、なんか寂しい、ってことで
近所の人も見回ることも必要だ、という話でした。
私たちの住む地域も結構年配の人が多い。
一人暮らしの人もいる
。
自治会の役員がくじ引きで仕方なく就任して
義務的に行事や会合に出席するのなら、
これからますます高齢化する自治会の未来はどんなもんなんかなぁ・・・。
逆に自治会に関心がなかった人が、
関心を持つようになるかもしれない!
祭りも盆踊りも運動会も敬老会も、やってる割には近所の人と仲良くならない、なぜ。
やらされてる感が先立ってる人が多い(私もだけど)。
いったい何が足りないのかねぇ・・・。
運良く(?)くじ引きを引き当てた人の意見が
新生自治会を作るかもしれないね~。
「孤立しない、つながりある地域」、
地の人がいない新興住宅地の自治会で実現するのは
農村より難しい?それともやり易い?
数年前にこの地に引っ越してきてほとんど総会にも顔を出さず、
決められた行事や作業などは、一応こなす、
程度の自治会員でありました。
ゴメンナサイ(>_<)。
今までどうしていたのか全然知らない(知ろうとも思わなかった)自治会の役員。
今回初めて(いつから?)自治会の役員を選出する方法を決める会がありました(@_@;)。
班毎に一名決め、その人が自治会の役員になるらしい。
公平さを最優先させる、ということで「くじ引き」で決めることになりました。
一度役員になれば一生なることはない、という訳だ。
今朝、ニュースを見ていたら、
一人暮らしのお年寄りをどう見守るか、という話題がありました。
東京の話ですが、
蕎麦屋の出前や牛乳配達、お弁当の宅配などの人が
お年寄りの様子を見守るサービスをするんだそうです。
でも、それだけでは不十分だし、なんか寂しい、ってことで
近所の人も見回ることも必要だ、という話でした。
私たちの住む地域も結構年配の人が多い。
一人暮らしの人もいる

自治会の役員がくじ引きで仕方なく就任して
義務的に行事や会合に出席するのなら、
これからますます高齢化する自治会の未来はどんなもんなんかなぁ・・・。
逆に自治会に関心がなかった人が、
関心を持つようになるかもしれない!

祭りも盆踊りも運動会も敬老会も、やってる割には近所の人と仲良くならない、なぜ。
やらされてる感が先立ってる人が多い(私もだけど)。
いったい何が足りないのかねぇ・・・。
運良く(?)くじ引きを引き当てた人の意見が
新生自治会を作るかもしれないね~。

「孤立しない、つながりある地域」、
地の人がいない新興住宅地の自治会で実現するのは
農村より難しい?それともやり易い?
着物の袂(たもと)の不思議
2010年11月15日
着物が好きなんです。
今月は、お茶会やら歌舞伎やらで着物を着る機会が多かった


子どもころからの着物好きで、
着物を自分で着るようになってからは20年以上経ちます。
裁縫も少し習ったりもしてたし・・・。
洋服にはあんまり興味ないけど、
なぜだか着物はどんなタイプの物でも好きです。
着物着たさにお茶や踊りもやりだしたようなもんだし。
シックな茶会用の着物から
キテレツな大正ロマン系まで着ちゃいます
自分でもだいぶ着慣れてきたと思うようになりました。
いつも不思議に思うのが「袖、袂(たもと)」
「袖振り合うも他生の縁」とか
「袂を分かつ」とか言葉にもあるけど。
着物を着る時も、着てからも、
一番大変なのが袂の扱い。
ピラピラ長くて、邪魔になってしょうがない。
日本の服飾の歴史も長く、
時代とともにスタイルがどんどん変化していきます。
今の女性の着物は、昔の下着だったとか。
着物の時代の生活は当然全てが着物だったんだから
あらゆる作業も着物で行ったはず。
しかも今のように便利な家電も農機具もなかった
衣類は生活に合わせて変化していくはずなのに
なぜだか袂は残ったまま・・・。
たすき掛けや、片肌脱ぎで作業をしていたんだよね。
西洋文化が入ってきても
アメリカ大好き!なんでもマネする!の時代が来ても
昭和50年代まで、着物は普通の生活着として
ヒラヒラの袂を残したまま着用され、
上っ張りや割烹着が活躍しています。
合理的で、損得勘定が先立って、
邪魔なものは除き、便利なものばかりを集めまくった現代人。
なぜ、邪魔で不便な袂を残したんだろうか???
ニュー着物が流行った時も袂はちゃんと存在していた。
1メートル以上もある袂の振袖もまだまだ健在!
着物の「袂」を想うとき、
日本人の心の奥を感じるような気がします。
どんなに時代が変わっても、時代に流されても、
なぜかそれだけは変わらない、「何か」を持ち続けている。
袂にそっと手を添えて物を扱う仕草は、男女問わず、とてもステキです。
その姿が無くならないのはとても嬉しい
今月は、お茶会やら歌舞伎やらで着物を着る機会が多かった



子どもころからの着物好きで、
着物を自分で着るようになってからは20年以上経ちます。
裁縫も少し習ったりもしてたし・・・。
洋服にはあんまり興味ないけど、
なぜだか着物はどんなタイプの物でも好きです。
着物着たさにお茶や踊りもやりだしたようなもんだし。
シックな茶会用の着物から
キテレツな大正ロマン系まで着ちゃいます

自分でもだいぶ着慣れてきたと思うようになりました。
いつも不思議に思うのが「袖、袂(たもと)」
「袖振り合うも他生の縁」とか
「袂を分かつ」とか言葉にもあるけど。
着物を着る時も、着てからも、
一番大変なのが袂の扱い。
ピラピラ長くて、邪魔になってしょうがない。
日本の服飾の歴史も長く、
時代とともにスタイルがどんどん変化していきます。
今の女性の着物は、昔の下着だったとか。
着物の時代の生活は当然全てが着物だったんだから
あらゆる作業も着物で行ったはず。
しかも今のように便利な家電も農機具もなかった

衣類は生活に合わせて変化していくはずなのに
なぜだか袂は残ったまま・・・。
たすき掛けや、片肌脱ぎで作業をしていたんだよね。
西洋文化が入ってきても
アメリカ大好き!なんでもマネする!の時代が来ても
昭和50年代まで、着物は普通の生活着として
ヒラヒラの袂を残したまま着用され、
上っ張りや割烹着が活躍しています。
合理的で、損得勘定が先立って、
邪魔なものは除き、便利なものばかりを集めまくった現代人。
なぜ、邪魔で不便な袂を残したんだろうか???
ニュー着物が流行った時も袂はちゃんと存在していた。
1メートル以上もある袂の振袖もまだまだ健在!
着物の「袂」を想うとき、
日本人の心の奥を感じるような気がします。
どんなに時代が変わっても、時代に流されても、
なぜかそれだけは変わらない、「何か」を持ち続けている。
袂にそっと手を添えて物を扱う仕草は、男女問わず、とてもステキです。
その姿が無くならないのはとても嬉しい

リコールでお取り換え
2010年11月12日
今日、リコールで大手メーカーの電子レンジを新しいものに交換してもらった。
10年以上前、結婚したときに買ったので
完全に耐久年数越えてます。
交換してもらってうれしいけど恐縮しちゃいます

漏電により煙が出たから、がリコールの理由だそうですが、
耐久年数を超えて使用し、掃除不足のホコリが発火の原因なのなら
それは使用者の管理に問題があるんではないの???
昔、子どもの時に住んでいた木造の古い家には、
年末の時期、赤い「火の用心」の紙が各家庭に配られて
火事には気を付けるよう、周囲の人からしょっちゅう言われていたっけ。
安全装置みたいなかっちょええもんや付いてない時代や。
ストーブもガスコンロも電化製品も
風呂もたばこも、なんでもかんでも要注意やった。
ホコリが火事の原因になることも当然知っとった。
なんでも人のせいにするんはどうかと思う。
メーカーの責任も大切やと思うけど、
「他人に厳しく、自分に甘い」んはいただけん
ちょっとトッピな話やけど、
子どもをいい加減に育てて、
それが原因で事件を起こしても
成人してたら親の責任は問われない。
でも弁護側は「生い立ち」を理由に刑を軽くするよう訴える。
製造者責任は問われない???
・・・・子育ても謙虚に
。
10年以上前、結婚したときに買ったので
完全に耐久年数越えてます。
交換してもらってうれしいけど恐縮しちゃいます


漏電により煙が出たから、がリコールの理由だそうですが、
耐久年数を超えて使用し、掃除不足のホコリが発火の原因なのなら
それは使用者の管理に問題があるんではないの???
昔、子どもの時に住んでいた木造の古い家には、
年末の時期、赤い「火の用心」の紙が各家庭に配られて
火事には気を付けるよう、周囲の人からしょっちゅう言われていたっけ。
安全装置みたいなかっちょええもんや付いてない時代や。
ストーブもガスコンロも電化製品も
風呂もたばこも、なんでもかんでも要注意やった。
ホコリが火事の原因になることも当然知っとった。
なんでも人のせいにするんはどうかと思う。
メーカーの責任も大切やと思うけど、
「他人に厳しく、自分に甘い」んはいただけん

ちょっとトッピな話やけど、
子どもをいい加減に育てて、
それが原因で事件を起こしても
成人してたら親の責任は問われない。
でも弁護側は「生い立ち」を理由に刑を軽くするよう訴える。
製造者責任は問われない???
・・・・子育ても謙虚に

講座のお礼のお手紙
2010年11月10日
先週、石原代表がご機嫌な日がありました。
先月講座を開いた志度中学校の生徒さんから
お礼のお手紙が届いたからです

講座では、手作りのうちわにカンボジアの人たちに贈るための
イラストやメッセージを描きました。
みんなとーっても楽しかったと書いていました。
そして、すごくいろいろなことを学んでくれました!
環境のこと、障害者のこと、途上国のこと
ほんの少しのことで、助かる人や喜ぶ人がいること、
人の役に立てること、
地域の人や世界の人とつながることは
とーってもステキなことです。
こちらこそありがとうございました
たんぽぽの風企画はこれからもがんばります!!
志度中はアシスタントの翔平くんの母校。
「先輩のしょうへいさんにかかわれてうれしかった」とのメッセージが・・・。

いっしょに暮らしている伯母の明石っさんは泣いて喜んでました。
翔平くんのお母さんは小学校の頃病気で亡くなりました。
障害を持つ翔平君を伯母の明石さんが引き取り育てました。
将来を考えると毎日が不安の日々でした。
こうして地域の中学生があたたかい言葉を届けてくれて
本当にうれしかったと思います。
地道な活動ですが、本当にやって良かった。
先月講座を開いた志度中学校の生徒さんから
お礼のお手紙が届いたからです


講座では、手作りのうちわにカンボジアの人たちに贈るための
イラストやメッセージを描きました。
みんなとーっても楽しかったと書いていました。
そして、すごくいろいろなことを学んでくれました!
環境のこと、障害者のこと、途上国のこと

ほんの少しのことで、助かる人や喜ぶ人がいること、
人の役に立てること、
地域の人や世界の人とつながることは
とーってもステキなことです。
こちらこそありがとうございました

たんぽぽの風企画はこれからもがんばります!!
志度中はアシスタントの翔平くんの母校。
「先輩のしょうへいさんにかかわれてうれしかった」とのメッセージが・・・。

いっしょに暮らしている伯母の明石っさんは泣いて喜んでました。

翔平くんのお母さんは小学校の頃病気で亡くなりました。
障害を持つ翔平君を伯母の明石さんが引き取り育てました。
将来を考えると毎日が不安の日々でした。
こうして地域の中学生があたたかい言葉を届けてくれて
本当にうれしかったと思います。
地道な活動ですが、本当にやって良かった。
ゆきえちゃん絶好調!!
2010年11月06日
竹師匠の木内さんがかわいい竹細工を教えてくれました。
カワイイおさるさん
細かい、細かい~~~作業です。

久々にゆきえちゃん号の出番がありました!!
竹ひごを作る機械「ゆきえちゃん号」は、
高松の新谷竹材店さんがたんぽぽの風企画に寄贈してくれたもの。
古い古い機械。
いまでもシッカリ竹を削ります(^O^)/
機械好きの人が感激するような古き良き時代に作られた機械。
部品や仕様のすばらしさには驚かされます。
これが日本が成長した力になったんだなー。
竹の師匠が来てくれて、やっとゆきえちゃん号も出番となりました。
取れたての瑞々しい青竹を、ゆきえちゃんに通すと
ビックリするくらいきれいに薄く竹が剥げました。

カンナで仕上げれば厚みの均等な長いヒゴが出来上がりました。
「あとは幅決めだけやな!」と師匠木内さん。
素朴な道具で竹の幅を揃えることができるそうです。
私も挑戦してみよーっと
長いひごは籠を編むのに使います。
かご編みの先生は丸亀の堀田竹籠店のおばちゃん
ヒゴ作って持って行くから待っててねー。
堀田のおばちゃんは、ご主人の手作りヒゴで籠を編んでた人。
ご主人が亡くなって、籠編みをしなく(できなく)なりました。
「もう二度と編むこともないやろう・・・。」と寂しそうに言ってました。
必ず、ヒゴを作って行くから待っとってやーっっっ!!!
竹を今でも扱っている人でイヤな人を見たことない
新谷竹材店さんも堀田のおばちゃんも木内師匠も
とんでもなくイイ人
竹に出会えて、みなさんに出会えて、ゆきえちゃん号に出会えて
私たちは幸せなのです
カワイイおさるさん

細かい、細かい~~~作業です。

久々にゆきえちゃん号の出番がありました!!
竹ひごを作る機械「ゆきえちゃん号」は、
高松の新谷竹材店さんがたんぽぽの風企画に寄贈してくれたもの。
古い古い機械。
いまでもシッカリ竹を削ります(^O^)/
機械好きの人が感激するような古き良き時代に作られた機械。
部品や仕様のすばらしさには驚かされます。

これが日本が成長した力になったんだなー。
竹の師匠が来てくれて、やっとゆきえちゃん号も出番となりました。
取れたての瑞々しい青竹を、ゆきえちゃんに通すと
ビックリするくらいきれいに薄く竹が剥げました。

カンナで仕上げれば厚みの均等な長いヒゴが出来上がりました。
「あとは幅決めだけやな!」と師匠木内さん。
素朴な道具で竹の幅を揃えることができるそうです。
私も挑戦してみよーっと

長いひごは籠を編むのに使います。
かご編みの先生は丸亀の堀田竹籠店のおばちゃん

ヒゴ作って持って行くから待っててねー。
堀田のおばちゃんは、ご主人の手作りヒゴで籠を編んでた人。
ご主人が亡くなって、籠編みをしなく(できなく)なりました。
「もう二度と編むこともないやろう・・・。」と寂しそうに言ってました。
必ず、ヒゴを作って行くから待っとってやーっっっ!!!
竹を今でも扱っている人でイヤな人を見たことない

新谷竹材店さんも堀田のおばちゃんも木内師匠も
とんでもなくイイ人

竹に出会えて、みなさんに出会えて、ゆきえちゃん号に出会えて
私たちは幸せなのです
